中村 翠さん

「周りに合わせても辛いだけ、自分をしっかり持ってゆっくりと」

中村翠さん
出身高校

国際基督教大学高等学校

在籍大学

慶應義塾大学 法学部政治学科

海外滞在歴

アメリカ・ニューヨーク(2歳〜13歳/11年間)

幼少期からの海外生活!友達と遊ぶ中で英会話を習得。

海外で生活されていたのはいつからですか?

日本で生まれ、2歳から父親の仕事の都合でニューヨークに移り住みました。13歳までの約11年間ニューヨークに滞在し、帰国しました。

小さな頃からアメリカで暮らしていたのですね。幼稚園から現地の学校に通われていたのですか?

現地の幼稚園は4歳から通っていました。最初は英語が出来ないこともあり、無口で発言もなかなかできなかったのですが、外で周りの友達と遊ぶ中で少しずつ友達を作っていきました。その後、現地の小学校に入学しました。生徒思いの先生が多く、一人一人にきちんと目を配ってくれていて、おとなしいタイプだった私のこともきちんと気にかけ、非常になじみやすい雰囲気でした。勉強面に関しては、がつがつと座学をするのではなく、ゲームをしながら学習したり、みんなで輪になってリーディングをしたりと、本当に楽しかったですね。

英語面や周りとのコミュニケーション面ではやはり大変でしたか?

英語には非常に苦労しました。家の中では親とはもちろん日本語で会話していたので、なかなか英語は上達せず、最初は友達もあまりできませんでした。とはいえ、幼稚園では、周りの友達と遊ぶ中で身振り手振りからはじまって、徐々に英語に慣れていきました。英語に関しては、両親も非常に心配してくれて、スピーチの先生をつけてくれました。その先生の下で週2回くらいのペースで英会話を勉強していましたね。

どれくらいで英語でコミュニケーションを取ることに問題を感じなくなりましたか?

小学校に入学する頃には、英会話は日常生活で困らない程度には出来るようになっていましたね。それでもまだ日本語の方が話しやすかったです。友達があまり多い方ではないので、そこまで多く英語を話す機会がなかったからかもしれません。英語力と日本語力が同じくらいになったのが小学校3、4年生の頃です。その頃には周りに一緒に遊ぶ友達がたくさんいましたし、授業ももちろん全て英語だったので、いつの間にか自然に英語を聞き、話すようになっていました。

思い出深いニューヨークでの現地校時代!

現地の小学校時代の話を聞かせてください。授業はどうでしたか?

小学校中学年くらいになってくると、Writingの授業も量が多くなってきます。授業の内容も、算数はあまり難しくないのですが、英語や理科・社会は高度な内容を学習するようになります。毎回分厚いテキストを読み進め、課題も出る、といったスタイルです。小学校3年生頃から徐々に忙しくなり、高学年になった頃には本当に忙しくなりますね。勉強することが好きで家で勉強する習慣があったので、なんとかついていくことはできましたが、高学年になると毎日2、3時間勉強しないと終わらない課題量が出されます。普通の子はおそらく苦労すると思います。加えて、土曜日に補習校に通っていました。小学生の間は午前中だけ通い、国語と算数を学習していました。日本の公立の学校で使われているものと全く同じ教科書を使用して勉強していました。その他にも、小学3年生のころから塾に通い、算数を教えてもらっていました。車で20分くらいのところにあり、母親に送り迎えをしてもらっていましたね。そこでは、日本に帰国予定の子供達が先取りで算数を学習するなど、発展的な内容を学習することができました。

現地校に補習校に塾と、非常に多忙な小学生ですね(笑)

小学校は楽しい思い出が多いですね。特に小学校6年生の頃が非常に楽しかったです。イベント好きな担任の先生のもとで、みんなで食べ物を作ってきてふるまいあったり、クラスでイベントをたくさん開催してくれました。すごく仲良くなったクラスでした。

そして中学生の時に帰国されたのですよね?

小学校卒業後、現地の中学校に半年間だけ通ったのですが、父が帰国するタイミングに合わせて、家族全員で帰国しました。たった半年間だけでしたが、すごく楽しい期間でした。中学校と高校が併設されていて、映画にでてくるようなスクールライフを楽しみました。授業は選択制で、授業毎に教室を移動して、みんな個別のロッカーをもっている、というような(笑)すごく仲良くなった友達も出来て、今でも連絡を取り合っています。帰国が決まった時は、ニューヨークにいたい、と思っていましたね。

自分の可能性を広げたい…!勉強面・情報面共に苦労した高校受験!

日本に帰ってきて、公立の中学校に編入学したのですね。アメリカから帰国し、初めての日本の学校はどうでしたか?

編入当初は日本語の読む力や漢字を書く力は周りより劣っていましたし、理科や社会に関しても同様でした。また、課題がなく、1回のテストで結果が決まってしまうテストの形式にも最初は戸惑いましたね。暗記の仕方や詰め込みの方法などを学びながら、徐々に慣れていきました。中学2年生の終わりの頃から友達に誘われて塾にも通い始めるようになりました。最初は公立高校向けの勉強をしていたのですが、もっと上のレベルを目指そうと、少し難しめのクラスを受講することにしました。

もっと上のレベルを目指そうという、そのモチベーションはどこからわいてきたのですか?

自分の可能性や世界を広げるためにも、いろんなひとの集まる環境をと思っていたので、慶應のSFCやICUなど、帰国子女の多く集まる学校に行きたいと考えていました。帰国子女受験を第一の選択肢に、万が一のことも考え、一般受験も出来るように勉強していました。あともう一つの理由は公立高校の受験で求められる理科・社会の勉強までする余裕がなかったこともあります。だから、3教科で受験できる私立の学校を目指していました。

中学2年生の時に帰国し、それから高校受験の勉強をするのは本当に大変だったでしょうね。

中学生の間は、中学3年の11月まで部活を続け、部活と勉強を両立させていました。7時まで部活動に精を出し、ダッシュで塾に向かうという生活を続けていましたね。もちろん勉強面でも大変だったのですが、情報面でも非常に苦労しました。塾も帰国子女向けの対策をしてくれる場所は多くないので、受験の際は、情報収集から何から何まで両親にはとても支えられていました。

中学2年生の時に帰国し、それから高校受験の勉強をするのは本当に大変だったでしょうね。

高校は全校生徒の3分の2が帰国子女ということもあり、様々なバックグラウンド、価値観を持つ多様な人の中で、自分が周りのひとと違っていても受け入れてもらえる環境が非常に心地よかったです。先生も先生で一風変わった先生が多かったですね(笑)英語の授業は全て英語で行われ、ネイティブの先生が海外の教科書を用いて、海外のレベルに合わせて授業を進めていました。受験対策という受験対策はほぼ学校ではしてもらえませんね。進路については紆余曲折あり、非常に悩んだのですが、最終的には広く政治学や国際関係を学びたいと考えた結果、慶應の法学部政治学科を選択しました。

将来はこういうことがしてみたい、という夢や目標はありますか?

夢というわけではありませんが、来年(2015年)の2月から1年間留学にいくので、また異国の地で様々な人と接する中で、インプットはもちろん、アウトプットを繰り返して、実力をつけてかえってきたい、というのが今の目標です。

子供達に英会話を教えるのが好き!まずは英語に慣れることから!

話は変わりますが、英語を勉強する際に重要なことは何だと思いますか?

英語に慣れることがだと思います。もちろん文法も大事なのですが、ゲームや会話を通して、英語に慣れることが英語を学ぶ最初の段階では非常に重要だと思います。英語で会話をすることが楽しいと感じられること、英語に拒否反応を示さないようにすること、が本当に大事ですね。今、小学生に英語を教えているのですが、そのことを強く感じます。

なるほど。英語を教えることが非常に好きなようですね。

教えること自体が好きですし、英語で会話出来るのは自分も楽しいので、私も英語で会話が出来て、それが子供達の役に立つのであれば、お互いにとってプラスです。ただやはり教えるのは難しいですね。子供達にはまず発音を練習して、英語に慣れるようにすることが非常に効果的だと感じています。特に小学生の間は文法から勉強しようとすると難しい印象を受けてしまい、英語嫌いになってしまう可能性もあるので、単語もシンプルなものをたくさん練習して、徐々に数を増やしていくのがよいと思います。

徐々に体得した「日本人らしさ」。今の自分があるのは海外経験のおかげ

アメリカで育ったことで、今の自分に影響を与えているな、と思う点はどんな点ですか?

自分と異なる価値観や考え方をしている人にも、気軽に話しかけたり、仲良くなることができる点だと思います。私は元々おとなしいタイプなので、自分からがつがつ積極的に交流する方ではありません。帰国子女は積極的に動くひとが多いので、驚かれることも多いですが、みんながみんなそうというわけではないんですよね。おとなしい子もいれば、騒がしい子もいる。アメリカはどんな個性を持っていても、それを個性として認め、受け入れてもらえる環境だと思います。だからこそ中学校で帰国した時は、非常に苦労しました。編入したての頃は、日本人の行動に違和感を感じていました。周りのことを気にかけたり、敬語を使わなければいけなかったり。帰国子女である自分を受け入れてくれるひとがなかなかおらず、友達が出来ない状況でした。自分がおとなしいこともあり、自分から積極的に輪に加わることも出来ず、ふさぎ込んでしまっていました。それでも友達は欲しいと思っていたので、みんなと同じようになろうと、帰国子女である部分を隠して無理して輪に入ろうとしましたが、それはそれで辛いことなんです。それに隠そうとしても結局ばれてしまうんですよね。友達もなかなか出来ない時期や帰国子女であることを悪く言われた時期もあり、辛い思いをしたこともあったのですが、徐々に、周りを思いやりながら協調する日本人らしさを感じることができるようになりました。今振り返ると、その時期に日本とアメリカの文化の違い・考え方の違いをはっきりと感じることが出来たのは今の私にとって本当に貴重な財産になっています。

今は、ご自身が帰国子女であることをどのように捉えていらっしゃいますか?

海外経験があることを非常にポジティブに捉えています。中学生の時は、日本が嫌になり、ニューヨークに帰りたい、と思っていた時期もありましたが、今は、アメリカで過ごした経験、日本に帰ってきてからの経験の両者が今の自分を作っているなと感じるので本当に良い経験をしたな、と感じています。

中村さんと同じように、悩みを抱えている帰国子女は少なくないと思いますがいかがでしょうか。

そうですね。帰国後のサポートがもっとあればいいな、と思います。日本の生活に慣れるのにも時間はかかりますし、せっかく勉強してきた英語を維持する手段もない。日本での生活に慣れるためにサポートしてくれる場所や相談にのってくれる人、勉強面で追いつけるように指導してくれるひと、英語力維持のために英会話ができる場所があればよかったなと思います。私が帰国した当時はそういうコミュニティが全くなかったし、帰国子女なりの悩みを話す場所もなく苦労したので、勉強面・生活面の悩みを一挙に解決してくれる場所があればいいのにな、と強く思います。

TCK Workshopでは今後もそのような場を帰国子女に提供できるよう成長していきたいと思います。最後に、何か帰国子女の後輩たちへ一言メッセージをよろしくお願いします。

海外生活では苦労することも多いとは思いますが、海外に住むということを経験できるのは非常に貴重なこと、恵まれたことなので、プラスに捉えてポジティブに頑張って欲しいなと思います。自分は自分なんだ、ということをしっかりもって、周りをあまり気にせずに生きてほしいです。無理して周りになじもうとすると逆に辛かったりするので。少しずつ環境に慣れていってください。