TCK Workshop通信 Vol.9

2016年10月9日 小山田 眞実
英語, 英検対策, 帰国子女

最近少し肌寒くなり、徐々に秋の空気を感じるようになりました。今回は、最近お仕事をしている中で考えていることについて、少しご紹介したいと思います。

私は、主に帰国生のお子様を中心に、英語で英語を教えることが多いのですが、帰国子女、海外子女に限らず日本国内のお子様に日本語で英語を指導する機会もあります。その中で、気づくことは、やはり教えるにあたって、学ぶにあたってのアプローチの根本的な違いです。

私自身は、子供時代のほとんどを、英語圏の国で過ごし、家庭環境は他ネイティブの人達とは違ったものの、学校では一緒になって英語で英語を体得しました。その過程で培った感覚や英語力を、授業で活かすことが多いのですが、日本語で英語を教えるとき、アプローチを違う観点から工夫する必要があります。

日本語で教える中で痛感するのは、日本語で英語を学ぶということが、いかに大変か、ということです。特に英検の指導をしている中で思うのですが、同じ英検2級でも、根本的に指導方法や学び方は変わってきます。

例えば、The robot plays a significant role in the development of our future.という文があるとします。
日本語で考える場合、まず、「ロボットは遊ぶ、重要な役割、何々の中に。。。発展。。。将来の。。。」という順序で口にします。
そして、最終的に伝わる日本語として、「ロボットは、私達の将来の発展の過程で、重要な役割を担う」という文章を作って行きます(少なくとも私は生徒様とこのような形で一緒に考え、文章化していきます)。
更に、play a role(役割を果たす、担う)だったり、そもそもの単語の意味や冠詞、前置詞、SVOについての理解を前提とした解釈にはなるので、なぜRobotsではなくThe robotなのか、our future's developmentではなくthe development of our futureなのか、こういう微妙なニュアンスの違いを、解りやすく説明しなければなりません。

それに対して、英語で英語を教えたり考えたりする場合は、なるべく言葉の流れで、文章の意味を捉え、互いに共有します。学んでいるお子様は、たとえ解らない単語が文章の中に出て来たとしても、単語さえ調べれば、全般的には「感覚」で文章を理解することが出来ます。特に英語圏に何年か滞在している帰国生のお子様においては、終始英語で、流れや感覚で一緒に読み進めて行くことが多々あります。

当然、英語で学ぶ英語、日本語で学ぶ英語、これらを一括りにすることなど到底出来ませんが、どう考えても、日本語で学ぶ英語の方が、頭を働かせ、様々なところでuncomfortableな面に立ち向かわなければなりません。
日本語で英語を学ぶことによる壁というのは様々ですが、これを乗り越えた人には、他の人には稀な忍耐強さ、洞察力、理解力が身に付くのだと思います。

英語を様々な背景のお子様に教える立場となり、特に日本国内のお子様や海外へ渡って間もないお子様が、一生懸命に英語を学ぼうとする姿勢に日頃から感化されます。
教える身として、最大限に出来ることは、なるべくそのお子様の立場に近づき、一度一緒になって物事を捉え、そこから自分の感覚や知恵を駆使し、寄り添うことで、理解に導くことだと感じています。
英語では、よく、Put yourself in someone else's shoesという表現が使われますが、このような姿勢は、特に教える上で不可欠なことだと実感しています。なかなか難しいことではありますが、まずはお互いを理解しようとする姿勢から、本当の学びが始まるのではないでしょうか。

これまで、「帰国生には帰国生にしか解らない悩みがある」、「国内の学生には、国内の学生にしか解らない悩みがある」と捉えがちなところがあったのですが、こういった同じ「英語」の指導を通して、指導方法のニーズにおいては個々によって明白な違いを感じるものの、最終的に目指す場所は同じである、と解って来た今日この頃です。

その「先」により近づけるように、いかなる背景のお子様でも自分の苦手とするものを自分なりのカタチに出来る様、最大限にサポートし、純粋に学ぶことの楽しさを共有出来る、そんな教師でありたい、目指したい、と思う次第です。